はじめに
私が人工現実感の研究を始めたころ、日本バーチャルリアリティ学会はまだ存在していなかった。しかし、その前身となる研究会やICATには、私が学生のころから考え続けていた「人はどこに自分がいると感じるのか」という問いを受け止めてくれる空気がすでにあった。国内では人工現実感、テレイグジスタンス、感覚提示、臨場感通信などの研究が先に進んでおり、VR学会はそれらがようやく同じ場所で議論される場として現れた。
学生時代の私は、装置そのものよりも、「自分がどこにいると感じるか」という曖昧な問題にひかれていた。学会に通うようになってから、表示装置、ロボティクス、心理学、医学、芸術が同じ問いを別の言葉で語っていることを知った。私にとってVR学会は、成果発表の場である以上に、自分の研究の置き場所を見つけた場であり、今でも特別な学会である。
年表
年 日本のVR研究・VR学会の動き 坂井との関わり 1980年代末 "Virtual Reality"という呼称が国際的に注目され始め、日本でも人工現実感、テレイグジスタンス、臨場感通信などへの関心が高まった時期である。 1987年に大学へ入学した。まだVRという言葉は遠いものであったが、学部生のころから「身体がある場所」と「自分がいると感じる場所」は一致しなくてもよいのではないか、と漠然と考えていた。のちの自己定位研究の出発点は、この時期にある。 1990 米国サンタバーバラで Human Machine Interfaces for Teleoperators and Virtual Environments が開催された。同年、日本で「人工現実感とテレイグジスタンス研究委員会」が発足し、遠隔操作、仮想環境、広視野表示、触覚提示などが一つの研究領域として結びつき始めた。 学部後半から会議報告や研究会資料を追い始めた。遠隔操作と仮想環境が、ともに感覚情報と運動情報を介して人間の存在場所を変える技術として扱えることに強く引かれ、自分の研究テーマとして意識するようになった。 1991 人工現実感とテレイグジスタンスに関する国際会議 ICAT が始まった。VR学会設立以前から、人工現実感、テレイグジスタンス、広視野ディスプレイ、力覚提示、感覚・運動相互作用などが同じ場で議論されていた。 工学部を卒業し、頭部運動連動型立体映像提示系と自己定位に関する卒業論文をまとめた。第1回ICATを聴講し、VRを単なる立体映像ではなく、「自分がどこにいるか」を再構成する技術として捉えるようになった。ここで自分の研究の言葉を初めて見つけた感覚があった。 1992 第2回ICATが東京で開催され、人工現実感、テレイグジスタンス、仮想ディスプレイ、シミュレータ、合成感覚、ネットワークVR、触覚・力覚提示などが議論された。 修士課程在学中に、卒業研究を発展させた "Modification of Perceived Self-Location Using a Head-Motion-Coupled Stereoscopic Display" を ICAT '92 で発表した。自分の問題意識が国際会議で通用するか半信半疑であったが、発表後の議論で、自己定位という主題が十分に共有されうることを確かめた。 1993 ICATに併設する形で、第1回IVRCが開催された。学生自身が体験型VR作品を企画・製作する文化が始まり、研究論文だけでなく、実際の体験を構成することがVR研究の重要な側面となった。 修士課程を修了し、修士論文は「視覚・運動情報の伝送による遠隔空間内の自己存在感に関する研究」であった。IVRCには当初距離を感じていたが、体験そのものを設計する姿勢には次第に学ぶところがあると思うようになった。後に研究室で学生の発表を見るときも、この視点は意識している。 1994 国内外で、VR研究は表示装置だけでなく、テレプレゼンス、ソフトウェア、感覚提示、ヒューマンインタフェースへ広がっていた。 VRST '94で "A Telepresence Display System with Variable Visual-Motor Correspondence" を発表した。視覚と身体運動の対応関係を操作することで、遠隔環境内の自己定位を変化させる研究を進めた。この頃から、表示技術よりも「身体対応の設計」そのものに研究の軸足が移っていった。 1995 ICATとVRSTが千葉で合同開催された。また、文部省重点領域研究「人工現実感の基礎的研究」が始まり、日本でVRを独立した学問領域として形成する動きが進んだ。 ICAT/VRST '95で "Effects of Sensory Transition between Remote Bodies on the Continuity of Self-Localization" を発表した。複数の遠隔身体を切り替える際に、感覚情報の連続性が自己定位の維持に与える影響を検討した。のちに私が繰り返し使う「連続性」という語は、この頃に明確になった。 1996 日本バーチャルリアリティ学会が設立された。VRを計算機科学、ロボティクス、心理学、医学、芸術などが統合する「Science and Art」と位置づけ、第1回大会は東京で開催され、立花隆による「バーチャルリアリティの可能性」などの講演が行われた。 博士課程を修了した後、日本VR学会へ正会員として入会した。第1回大会で「視覚・運動対応の連続変換による自己定位感覚の遷移」を発表した。創設の中心にいたわけではないが、新しい学会に自分の問いを置けることが素直にうれしかった。学会の成立は、私にとって研究が孤立していないことの確認でもあった。 1997 第2回大会が名古屋で開催され、医学応用やVRと芸術の関係が論じられた。学会誌では VR文化フォーラム'97「リアリティを越えて」が扱われ、初期のVR学会が装置技術だけでなく、現実、幻覚、映画、コミック、芸術までを議論対象としていたことが示された。 ノースブリッジ大学へ客員研究員として留学した。日本VR学会誌に欧州の研究動向を寄稿し、仮想環境内の身体を「操作対象」ではなく自己の一部として成立させる条件へ関心を深めた。国外にいても、日本VR学会は自分の研究を接続し直す基点であり続けた。 1998 第3回大会が北海道で開催され、特別講演では特撮とVRの関係が扱われた。学会誌ではHMDなどの表示技術が扱われる一方、VR研究が計測、身体、触覚へ広がっていたことが示されていた。 海外滞在を続けながら、遠隔視点間の遷移と身体位置認知に関する研究を進めた。大会では共同研究者を通じて関連発表を行った。自分自身は現場にいなくても、日本側の議論の流れを強く意識して研究を組み立てていた。 1999 第4回大会が奈良で開催され、小松左京による「SF小説とVR」が特別講演として行われた。学会誌では「コミュニケーションのためのVR」が扱われ、アバター、サイバースペース、仮想社会などへの関心が高まっていた。 ノースブリッジ大学から帰国した。ICAT '99 で "Transcending Mind" を発表し、日本VR学会第4回大会では自己定位の連続性に関する実験を報告した。小松左京の講演を聴き、SF的な構想を研究上の仮説へ変換することの意義を改めて考えた。この頃から、身体を超えるという語を半ば意識的に使い始めている。 2000 第5回大会がつくばで開催され、モンキー・パンチによる「マンガ的発想によるバーチャルキャラクター」が特別講演として行われた。VR研究は仮想人物、キャラクター制御、コミュニケーションへ広がっていた。 助教授に着任し、坂井研究室を発足した。第5回大会には研究室として参加し、自己定位、広視野表示、遠隔触覚、嗅覚提示、仮想人物の身体動作生成に関する発表を行った。学生の発表を並べて見たことで、自分一人の問題意識が研究室全体の主題へ変わり始めたことを実感した。仮想人物研究はまだ予備的段階であり、Pseudo-Human はこの時点では始まっていない。 2001 3月13日から17日にかけて IEEE VR 2001 が横浜で開催された。IEEE VR 初の日本開催であり、日本VR学会と IEEE Computer Society の共催であった。9月には第6回日本VR学会大会が長崎で開催され、顔と人物表現に関する特別講演が行われた。 IEEE VR 2001 で "Continuity of Self-Localization across Physical and Virtual Embodiments" のポスターおよび実験デモを発表した。説明中に「身体は交換可能なインタフェースになりうる」と述べ、思想的に過ぎるという批判も受けたが、私としては身体を軽視したいのではなく、身体が自己を成立させる条件を明らかにしたかった。4月には「まえぶれ」に採択され Pseudo-Human Project を開始し、9月の第6回大会では研究室から複数件の発表を行った。いま振り返ると、この年は私自身の問題意識が研究室全体の計画として外に現れ始めた転機であった。
学会について思うこと
VR学会は、単一の技術を扱う学会ではなかった。表示装置、ロボット、感覚、心理、医学、芸術が同じ場に存在していた。その混在は、学生時代の私に、現実や身体を技術だけで定義することはできないと教えた。会場を歩いていると、自分とは全く違う方法で「現実」を考えている人々に何度も出会った。その経験は、論文を読むだけでは得られないものだった。
もっとも私は、体験の面白さだけで満足することはできない。再現可能な実験と理論によって、その成立条件を記述したいと考えてきた。Transcending Mind はSFの実現を宣言するものではない。身体、知覚、記憶の連続性を工学的に記述するための研究である。
日本VR学会が Science and Art を掲げたことは、私にとって偶然ではなかった。現実とは、装置だけによって作られるものではない。身体、知覚、記憶、そして他者との関係が、一つの環境を現実として成立させる。私はこれからも、その条件を工学の言葉で記述したい。私にとってこの学会は、その問いを持ち続けるために何度でも戻ってくる場所である。