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LAB RULE

坂井研究室の学生,および所属を希望する者に向けて書く.
合わないと思う者は別の研究室を当たること.
当研究室に来るならば,毎学期一度は読み返すこと.
目次: 1.論文を書くとはどういうことか2.博士課程に進むとはどういうことか3.当研究室が求める学生4.結びに

* 1.論文を書くとはどういうことか

論文とは何のために書くものか.新M1のゼミで毎年問う. 返答の大半は「成果発表のため」「卒業要件のため」「業績のため」である. 全て不正解ではない.しかし核心を外している.

論文とは,自分が世界に何を付け加えたかの申告書である. 百年後の見知らぬ研究者が,貴君の一行を引用するかもしれない. そのときに恥ずかしくない文を書くこと.

論文の主語は「私」ではない.「人類の知」である. 書いた文が人類の知の足を引っ張るなら,私はそれを書き換える. 原型を残してやる義理はない.

* 書く前に問う三つのこと

一.この論文を世界から消したら,何が困るか.困らないなら書かないこと.
二.この主張は十年後も生き残るか.生き残らないなら,もう一段掘ること.
三.査読者三人全員が反対派でも,論理で守り切れるか.守れないなら,論理が足りない.

三つに Yes と言えるまで,原稿は下書きである. 私が赤を入れているのではない.未来の貴君が,現在の貴君を赤入れしている.

* 2.博士課程に進むとはどういうことか

博士の三年間は,研究の三年間ではない.自分を作り直す三年間である. 学部・修士までは,人から与えられた問題を解く期間である.博士はそうではない. 問題は誰も出さない.水準は誰も判定しない.判定者は世界である.

* 「面白そう」を信用しないこと

面白そうなテーマは大抵すでに誰かがやっている. やっていないなら,大抵やる価値がない. 「これをやらずに死ねるか」と問うこと.Yes なら,やめておくこと.

* 査読を神とすること

査読者の指摘は,的外れに見えても,九割は自分の文章が悪い. 反論する前に三日眠ること. それでも査読者が間違っていると思ったら,私のところに来ること. 査読者の側に立って二時間問い詰める. そこで生き残った論理だけが reply letter に値する.

* コアタイムを内に持つこと

当研究室にコアタイムはない.官僚的な縛りが嫌いだからである. ただし誤解しないこと. コアタイムが「ない」のは,常に研究を考えていることを前提とするからである. 風呂でも夢でも電車でも,脳の片隅で実験を走らせ続けること.

* 孤独を友とすること

博士の最大の敵は,実験の失敗でも査読の落選でもない.孤独である. 誰にも理解されない問いを,誰にも進捗を聞かれないまま,何年も追うこと. 耐えられない者は博士にならないこと.

* 3.当研究室が求める学生

この時期になると,研究室訪問のメールが来る.大半は三秒で削除している. 「貴研究室の研究内容に興味があります」だけの一文に履歴書を添付してくる者がいる. 何に,なぜ,どの程度興味があるのか,言葉にできない者は研究に向かない.

求める学生は一つだけである.自分の時間を,自分の問いに投じる覚悟がある者. これ以外の条件は飾りである. 成績は問わない.プログラミングは入学後に鍛える.英語は出来なければ叩き直す. 性別・国籍・出身大学・年齢は見ない.

* 面接の段階でお引き取り願う者

・志望理由書に「ワークライフバランス」と書く者.研究はワークではない.
・「指導していただきたい」と書く者.来るのは指導されにではない.戦いにである.
・大学院を就職の踏み台と考える者.それなら学部卒で十分である.
・研究室訪問で質問を一つも持参していない者.
・ゼミ発表で「先行研究によれば」を繰り返す者.自分の名前で語ること.

* 迷わず採る者

面接で「先生のあの論文の三章には穴がある」と言ってきた学生がいた.その場で採った. 私を論破できる者だけが,五年後に世界を論破できる.

* 4.結びに

研究室を「家族」とは呼ばないこと.家族は選べないが,研究室は選べる. 貴君は私を選んだ.私も貴君を選んだ. 契約でもなく,家族でもなく,同じ問いを追う同行者の関係である.

研究することは,自分の心の境界を毎日書き換えることである. 卒業する頃には,ここに来る前の貴君ではない. そのことを楽しみにできる者だけが,当研究室の門をくぐること.

工学部 機械情報工学科 助教授 / 坂井 透
2000年 初夏

※ 本文は本研究室主宰の個人的見解である.
※ 本文の研究室内印刷物(B5冊子)は事務室にて配布している.

Last update 2001/06/10
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