酒井研究室  Sakai Laboratory [ JP | EN ]
T R A N S C E N D I N G    M I N D     - Department of Mechano-Informatics, The University of Tokyo
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最終更新日 : 2004年6月10日 / 著 : 酒井 透

酒井研究室の学生,および所属を希望する者に向けて書く. 規則ではない.覚悟である. 合わないと思う者は別の研究室を当たること. 当研究室に来るならば,毎学期一度は読み返すこと.

論文を書くとはどういうことか

論文とは何のために書くものか.新M1のゼミで毎年問う. 返答の大半は「成果発表のため」「卒業要件のため」「業績のため」である. 全て不正解ではない.しかし核心を外している.

論文とは,自分が世界に何を付け加えたかの申告書である. 百年後の見知らぬ研究者が,貴君の一行を引用するかもしれない. そのときに恥ずかしくない文を書くこと.

論文の主語は「私」ではない.「人類の知」である. 書いた文が人類の知の足を引っ張るなら,私はそれを書き換える. 原型を残してやる義理はない.

書く前に問う三つのこと

  1. この論文を世界から消したら,何が困るか.困らないなら書かないこと.
  2. この主張は十年後も生き残るか.生き残らないなら,もう一段掘ること.
  3. 査読者三人全員が反対派でも,論理で守り切れるか.守れないなら,論理が足りない.

三つに Yes と言えるまで,原稿は下書きである. 私が赤を入れているのではない.未来の貴君が,現在の貴君を赤入れしている.

博士課程に進むとはどういうことか

博士の三年間は,研究の三年間ではない.自分を作り直す三年間である. 学部・修士までは,人から与えられた問題を解く期間である.博士はそうではない. 問題は誰も出さない.水準は誰も判定しない.判定者は世界である.

「面白そう」を信用しないこと

面白そうなテーマは大抵すでに誰かがやっている. やっていないなら,大抵やる価値がない. 「これをやらずに死ねるか」と問うこと.Yes なら,やめておくこと.

査読を神とすること

査読者の指摘は,的外れに見えても,九割は自分の文章が悪い. 反論する前に三日眠ること. それでも査読者が間違っていると思ったら,私のところに来ること. 査読者の側に立って二時間問い詰める. そこで生き残った論理だけが reply letter に値する.

コアタイムを内に持つこと

当研究室にコアタイムはない.官僚的な縛りが嫌いだからである. ただし誤解しないこと. コアタイムが「ない」のは,常に研究を考えていることを前提とするからである. 風呂でも夢でも電車でも,脳の片隅で実験を走らせ続けること.

孤独を友とすること

博士の最大の敵は,実験の失敗でも査読の落選でもない.孤独である. 誰にも理解されない問いを,誰にも進捗を聞かれないまま,何年も追うこと. 耐えられない者は博士にならないこと.

当研究室が求める学生

この時期になると,研究室訪問のメールが来る.大半は三秒で削除している. 「貴研究室の研究内容に興味があります」だけの一文に履歴書を添付してくる者がいる. 何に,なぜ,どの程度興味があるのか,言葉にできない者は研究に向かない.

求める学生は一つだけである.自分の時間を,自分の問いに投じる覚悟がある者. これ以外の条件は飾りである. 成績は問わない.プログラミングは入学後に鍛える.英語は出来なければ叩き直す. 性別・国籍・出身大学・年齢は見ない.

面接の段階でお引き取り願う者

  • 志望理由書に「ワークライフバランス」と書く者.研究はワークではない.
  • 「指導していただきたい」と書く者.来るのは指導されにではない.戦いにである.
  • 大学院を就職の踏み台と考える者.それなら学部卒で十分である.
  • 研究室訪問で質問を一つも持参していない者.
  • ゼミ発表で「先行研究によれば」を繰り返す者.自分の名前で語ること.

迷わず採る者

面接で「先生のあの論文の三章には穴がある」と言ってきた学生がいた.その場で採った. 私を論破できる者だけが,五年後に世界を論破できる.

結びに

研究室を「家族」とは呼ばないこと.家族は選べないが,研究室は選べる. 貴君は私を選んだ.私も貴君を選んだ. 契約でもなく,家族でもなく,同じ問いを追う同行者の関係である.

研究することは,自分の心の境界を毎日書き換えることである. 卒業する頃には,ここに来る前の貴君ではない. そのことを楽しみにできる者だけが,当研究室の門をくぐること.

東京大学 工学部 機械情報工学科 教授 / 酒井 透
2004年 初夏

※ 本文は本研究室主宰の個人的見解である.
※ 本文の研究室内印刷物 (B5冊子) は事務室にて配布している.